僕の血は、鉄の味がする

好きな漫画やアニメなどについて、つらつらと綴っていきます

『snkj』

 

 

 

アジア最大級の歓楽街。場所は明かさないが、一日の乗降者数が世界で一番多いと言われている街。の、夜10時。僕は当てもなく、ふらふらと街を彷徨っていた。

 

海外からやって来るという姉夫婦を迎えようと、背伸びをしてオトナな飲み屋に1人突撃を試みた。が、しかし。内気で小心者な僕には、あまりにも過酷なミッションだったようだ。

 

店の中に入ったはものの、初めての場所でどのような顔をすれば良いか分からず、ましてや社交的な性格でもない。2、3それっぽい物を注文してに早々に店を退散した。

結局、お金と時間と勇気を出して、損をしたカタチになってしまった。人間、慣れない事はするもんじゃない。

 

そんな訳で、歓楽街の夜にしてはやや早い時間。帰るには味気なくなってしまった僕は、仕方なくぶらぶらと彷徨っていたのだった。

 

 

ふと、一軒の寂れたゲームセンターに目が留まる。

こんなところにこんな場所があったのか。友達とよく行く、通り沿いの大型店とは全く違うふるいゲーセン。「古い」というより「旧い」という方が似合ってそうだ。看板もボロいし、入口も狭い。一見さんはお断りだよ、という雰囲気が奥から漂ってきている。

普段なら見過ごしてしまうような、とても小さな店だが、今は何故か心惹かれるものがあった。

 

どうせ今日は一度失敗した身だ。今更傷を増やしたところで、何も怖くはない。中でカツアゲにあって身ぐるみ剥がされなければ良しとしようじゃないか。そんなある種のヤケッパチに似た思いを抱きながら、僕は先の見えない階段を上がっていった。

 

 

入口を入ってみると、第一印象は「暗い」そして「狭い」だった。中は照明というものが殆どなく、ゲーム筐体から放たれるあやしい光だけが輝いていた。

子供のころ、学校の先生が禁止した「悪いセンパイにお金を取られる不良の溜まり場」そのままの雰囲気であり、僕はかえって感動してしまった。

 

もちろん、僕だって立派な大人だし、金を取られるなんてことはまず有り得ない。ただ、明らかに健康的な娯楽の雰囲気とは掛け離れている。

ただ純粋にゲームを楽しませる為だけに存在する場所。たとえ時代が、ビデオアーケードゲームの流れから遠ざかっているとしても。

店の空気が主張する潔さに、なんだか僕は嬉しくなってしまった。

 

 

そこには、ありとあらゆるジャンルのゲームが置かれていた。対戦格闘ゲームに始まり、縦横シューティング、ベルトスクロールアクション、落ちもの系、クイズゲーム、今はほとんど見ない実写やアニメキャラが脱衣するゲームなんかも置いてあった。

いくつかは見覚えがあったが、ほとんどは初めて見るものだった。そしてどれもが、一癖も二癖もありそうな顔をしていた。

 

そこにあったのは、アーケードゲームの黎明期を支えた作品達。時代を彩る名作が世に出回り、多くの派生作が生まれた過渡期を経て、業界全体が円熟していった時代。いかにしてゲーム慣れした子供(と大人)達を楽しませようか、各社がしのぎを削り、あらん限りの情熱を注いでいた時代。

今は忘れ去られようとしている当時の熱狂を、家庭用ゲームしかしてない「いい子ちゃん」の僕は今肌で感じていた。

僕が知らなかっただけで、世の中にはこんなにも面白い、隠れた名作があったのか。これを喜ばずしてゲーム好きと言えるのか。

 

 

さて、と見渡すと、ある漫画原作の格闘ゲームが視界に入った。むかしプレイしたことがある。特殊な超能力を持った人物達が戦うのだが、原作を実に忠実に再現していた。特殊能力がどれも個性的で、それがゲームとして成立していたのが印象的だった。

 

まず、主人公チームに犬がいる。そして色物ではなく強い。かと思えば敵にも氷使いの鳥がいるし、格ゲーなのに銃を使う奴も普通に出て来る。人形遣いは、素早い動きで本体と挟み撃ちしてくる。

そして何よりラスボスだ。今更ネタバレもないだろうが、時を止められる。止めた時の中でただ1人、ナイフを投げたり技を繰り出していく。やがて制限時間が過ぎ「時は動き出す」 次の瞬間、全てのダメージが相手へ通る。実は対戦では強くないらしいのだが、その外連味溢れる一連の流れは、当時の中二病達を歓喜させた事だろう。

 

筐体に座って100円を入れる。…のだが、ものの2分でKOされてしまった。

そもそも、自慢じゃないが僕は反射神経がない。コンボ入力などできやしない。そういえば前にやってたのは家庭用で、しかもコンティニューしまくっていたような。ここまで偉そうな薀蓄を語ったが、プレイ時間は何ともお粗末な有様となった。得意なタイトルだった…という古い記憶が更新されたところで、苦笑いしながら席を離れた。

 

 

他にも様々な筐体に手を出したが、どれも10分持たずに席を立つ羽目になった。家庭用と違い、アーケード機は硬貨を多く貢がせる為にどれも難易度が高いのだ。お陰で連敗続きだったが、不思議と気分は良かった。

 

 

やや奥まったところに、パズルゲームが並んだコーナーがあった。いわゆる落ちもの系というやつだ。可愛らしいキャラクターが操作の説明をしているが、こういう簡単そうなのに限って3面ぐらいから鬼のような難易度になる。

 

隣には脱衣系の陣取りゲームがあったが、恥ずかしいのでプレイは避けた。というのは嘘で、実はもう3回硬貨を入れていた。

1キャラ脱がして満足し、陣取りゲームを立とうとした時、角にある地味な印象のパズルが目に留まった。ん?パズルか?なんだアレ……

 

 

テトリスというゲームがある。落ちものパズルの元祖と言える作品だ。上から落ちてくるブロックを積み上げて、横一列を埋めれば消える。

同時に二列以上消すと得点が倍になり、ブロックも大量に消えるのでより有利になる。誰もが知っているゲームだろう。

 


目の前にあったのは、不思議なテトリスだった。

 

画面は、小さな立方体の部屋のようなものを上から覗いている。そこに、テトリスのブロックのようなものが落ちていく。

部屋の高さは限られており、天井まで積み上がってしまったら負け。ブロックを消すには、部屋の「面」を同じ高さで積まなければならない。「列」ではなく「面」で消すテトリス。…そう、これは立体のテトリスなのだ。

 


ブロックは落ちるまではワイヤーフレームで描画されるが、思い通りに埋めるのは難しい。

なにせ画面は上からの見下ろしであり、ブロックも上から降っていく。積み重ねると、容易に下のブロックは隠れてしまう。ここでは、圧倒的な空間把握能力を必要としている。

加えてブロックの操作自体も非常に難しい。

普通、テトリスでは落下の他は右回り・左回りしか操作しない。しかし、立体になったことにより、x軸、y軸、z軸の方向への「右回り・左回り」が発生する。やや矛盾した表現だが、簡単に言うと回転方向が一気に6つに増えるのだ。

これを、通常のテトリスと同じ落下スピードで処理しなければならない。あっという間に頭の中はオーバーヒートしてしまう。ヤバイ。これすんげームズカシイ。…だが、だからこそ、おもしろい。

 


あとで調べたところ、このゲームには最小1ドットから最高5ドット、なんと24種類ものブロックがあるそうだ。通常のテトリスが6種類だから、それだけでこのゲームの複雑さが分かるだろう。

そもそもこの作品、テトリスブームの少し後に日本に来たそうなのだが、あまりに高い難易度の為にろくに流行らなかったらしい。

しかし近年、とあるゲームセンターが導入した事から一部で火がつき、動画配信を経てカルト的な人気を博しているという。

僕がそれを知ったのは、実機を触っただいぶ後になってからなのだが。

 


そんな訳で、ランカー達が日夜しのぎを削っているようなゲームに反射神経ゼロが太刀打ち出来るはずもなく、ステージ3を迎える前にあっけなくゲームオーバーになってしまった。さらに硬貨を投入するも、僕が根を上げる方が早かったようだ。

もうすでに頭は混乱し切っていたが、自分の中ではある種のやり切った感があった。達成感。

僕は全力を出し尽くし、そして負けたのだ。それも、気持ちいいくらいの完敗だ。楽しい。とても楽しい。

難しい数学の問題にぶち当たり、全力で解いてみたくなるような感覚。

 

今日はここまでにしといてやるが、次に会ったらもっともっと上手くなってやる。何なら毎週通ってやろう。僕は、そんな思いを抱きワクワクしながら店を出た。

 

 

 

結局、そのゲームは次に店を訪れた際にはもう無くなっていた。

店員に聞いたら、もともとレンタル基板であり、店のものではなかったようだ。僕はもっと早く行けば良かったと激しく後悔し、かくして僕の初恋は失敗に終わった。

だが、その時の興奮は今でも覚えている。

 


世の中には、まだまだ知らない面白いものが沢山ある。

そして、僕のアンテナはゲームの方に向いているらしい。

まだ見ぬ隠れた名作を求めて、今日も僕は、ゲームセンターの自動ドアの前に立つ。